THE DEPTHS

男娼の悲哀うつくし よるべなく道路は低き横浜の夜 終点の駅のトイレで吐いていた模造の麗人知らずにいた頃 死してなお生は完成しないのだとザジフィルムズのトリコロールは しあわせな吹雪みたいに落ちていた海より青いキャメルの箱が 幼子の嬌声疎む人乗せ…

カフカに似てる人

生活が光る団地は重たくてひらめく怒りで進んでいきたい 私から離れていって 鳩の首、iPhoneに伸びる指の関節 ずれていく身体を留めておく鋲はカフカに少しだけ似てる人 言葉じゃない言葉はあるの? ねむらない人の瞳があたしは怖い 建物は中から壊す 夕方の…

2022/4/26 AM8:06

曇った空の下満員電車にぎゅうぎゅう自分を押し込んでじっと目を閉じてニューオーダー聴いていたら臀部に硬く勃起したペニスが押し付けられた感覚があり、うわ勘弁して、と真っ先に思っていやでもこれがペニスだと決めつけるには早すぎないか?例えば何か別…

無題

新潮のコロナ禍日記リレーの号が図書館のレンタル落ちになっていたからもらってきて紫色をしたお湯に浸かりながらぱらぱら読んで坂本慎太郎の夜型のお手本みたいな生活に感心していたけれどふと我に帰って、しっかりしなくちゃな、とひとりごちて、しっかり…

Funk #49

仕事の夢と、猫の夢を見て起きた。ジェームス・ギャング聴きながらいつもと逆方向の山手線。いつかの夏の朝、市ヶ谷の住宅街をふらふら歩いていて、通りすがったごみ収集車の助手席に乗った男の人を見た。その人は車の窓を開け放して肘をかけて、作業着の袖…

嘔吐、盥、瞼、受難

夢見が悪い朝は決まって貧血を起こして目の奥が真っ暗になりながらやっとの思いでベッドから起き出すのだけれどその日一日は咀嚼しても上がってくる繊維質のような夢の残骸がぐずぐずと胃の中に残って気持ちが悪い。夢の中でわたしは誰もいない教室の隅に立…

零度

(前に書いてたやつ) 突然サイレンがけたたましく鳴り響いてあなたのことを思い出したのです。あなたは最後にその綺麗な指でコーヒーに角砂糖を落としてスプーンでかきまぜてひと口啜ると淀みなく立ち上がりあたしに背を向けて、それきりでしたね。 あなた…

春の澱

また前みたいに会えて嬉しいわ、そう言ってあの子はきらきら零れるように笑ってた。あの子が私の側を離れた日、知らない電車に飛び乗って広いお城に着いたけど、落ち葉を踏みしめる自分の足音に驚いて動けない。あっという間に夜が来て、あたしは繰り返し再…

ところで

顔も上げられないような日々を過ごしていた。やっと息をつくと色とりどりの花が芽吹いていて道が眩しい。毎年楽しみに待っていた沈丁花は盛りを過ぎて褐色にくすんでいる鉢すらあった。 脱水寸前の状態で水にありついたような勢いで映画を観て本を読んでいた…

起点

" data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true">彼女は昼と夜の区別がつかなくなったらしい。一日中とろとろと眠っては目覚めを繰り返す。たとえ日が落ちかかっていようとも起き抜けこそが彼女の朝だ。「こんな早くにどうしたの」と、一日に何回も…

in-between

突き抜けるような苛立ちを頭の中いっぱいに滾らせて視界一面の色がさらさらと薄くなってゆく、皮膚の内側は可笑しいくらい清らかで優しい手触りのようでいて、感情と相反した身体の反応はまっすぐだ、ある種の整い方をしている反応はバロック音楽の旋律のよ…

使い古された喜び

週末、高田馬場でオールド・ジョイを観た。隣に座った人は申し訳ありませんと言いながら開始直前に出て行って、二度と戻らなかった。それから人同士の分断について考えていた。ずっと一緒にはいられない。それはどうして? 悲しみは使い古された喜びって本当…

薬と金属

金属と薬品と煙が混ざった匂いがした。無機質なのに人肌のぬくさがある匂い。よく知っている。知っているつもりになっている。今でも。今になったから。何も知らなかったのに、出来事は時間が経つほどに風にさらされて角が取れ、隙間は埋まってゆく。気がつ…

光の粒

大森の辺りに来ると真っ先に、あ、地面が低い、と感じる。なんでだかわからないけどそう思う。快速特急に乗って大森を通り抜けてそのときも同じように、いつもより低いところに来た、と思った。不思議だった。海の近くで必ず感覚が働くというわけでもなく、…

好ましさについての覚書

誰かに対して感情を持つことがある、その感情は生活を取りまいてきた環境の影響を自覚しないうちに色濃く受けていて、もっと言えばイデオロギーや社会通念の中で文化的に構築された枠組みに準拠して育まれるのだ、そんなことになんとなく気がついたというか…

彼の創意によって無化された彼女について私が知っている二、三の事柄

彼女を無化することは彼の創意なのだ。 ―レベッカ・ソルニット『私のいない部屋』「戦時下の生活」 浅学な身で簡単に書けることか自信ないけれど、ビルドゥングスロマンの主人公の多くは男性なんだろう。『ムーン・パレス』で堕胎したキティ・ウーを思った。…

固有性についての覚書

年越しの1時間くらい前に電話がかかってきて、出たらYだった。声を聞くのはいつぶりかよくわからなかった。少し話して、お互い落ち着いた頃に飲みに行く約束をして、電話を切った。 人の固有性のようなことについて。 その人がその人でなくちゃいけない理…

ガールフレンドイズベター

Sから大晦日のストップメイキングセンスに誘われたけど断ってしまった。Sに話したいことがいくつかあった。Sは多分結構気を遣ってくれている。大概そのときにはすぐにわからなくて、後で思い出して気づく。 薄暗い部屋で点滴打たれながらチェット・ベイカ…

アーモンドのチョコレート

ゆらゆら帝国聴いていたら、昔に2回くらい適応障害と診断されたことを思い出した。だからなんだということもないけれどその事実を書いておいたほうが自分にとっていいような気がして書いておく。あまり人に言うことでもないし、特にオフィシャルな場では不…

いつもそんな気分

熱が出そう。腰のあたりの身体の奥底か皮膚の表面かわからない場所がちりちりとさざめいて、顔の中いっぱいにたぷたぷとぬるま湯が入っているみたいで、手足ばかりがいつまでたっても冷たい。物体になれない生煮えの思考が浮かんではぐるぐると渦巻いて、あ…

メロウ

夢を見てるような感じを忘れないで、よくあるメロドラマみたいな感じでね、三つ数えたら立ち上がって、そこは晴れている日の青い芝のような匂いがするはずで、明るくて影ひとつない、何も変えてはいけない、いつもどおりひとつずつやるだけ。しっかり立って…

天使

市井の人がどんなふうなことを思いながら暮らしているのか知りたいと、最近そういったことを漠然と思うようになった。難解な思考とか世の中への提言とかまっすぐな信念とかそういう、大きくて揺るぎないものも大事だけれど、今わたしが興味があるのはそうい…

気晴らし

20世紀初頭のイラストが大好きだった。ジョルジュ・バルビエ、シャルル・マルタン、ジョルジュ・ルパップ、ポール・ポワレ、小林かいち、高畠華宵といった名前を調べてはうっとりしながら画集をめくっていた。模様みたいにきれいな女の人たちは百年前の遠い…

正しさ

アイシャドウがなくなって捨てた。化粧品や花を捨てる一瞬の陶酔が好きだ。冬の雨はまるで氷に変わる寸前。喪失は誰にも気づかれないひそやかなものであるべきで、その後を、ぽっかり空いてもう戻らない空間を眺めて、温度のない生活を繰り返して、ひとりき…

無題

三日半寝込んだ。二人の人のことを考えていた。ひとりはわたしの鏡になってくれる人。いつでもわたしのことを深くまで理解してくれて、わたしの欲しい言葉をくれる。その人の前ではどんなに寂しくても悲しくても許されるし、誰にも言えなかったことを言える…

五番目の話

あなたが好きになるものはいつも魅力的だった。万華鏡のような文章を連ねる作家も、秋の名残を冷ややかな手触りで描ききった画家も、突き抜けるような空色のワンピースも、なんてことないオレンジ色のシャープペンシルでさえ。わたしはいつからかあなたが目…

砂糖

上野駅公園口はすっかり小綺麗なつくりになっていて見知らぬ駅のようだった。広い出口を出て、人が閑散と立っていて上野公園へと続く道を見渡せば、左手の歩道橋は変わらない、あの歩道橋の階段を誰かと登って歩いたことがある、その事実が突然に大きなもの…

風景

久しぶりに会ったのにしばらくすると話すこともなくなってしまって、いや、わたしは話したいことも聞きたいこともたくさんあるのにさ、隣に座ったあの人はうつむいてiPhone触ってばっかり、時折ぼそぼそと何かを呟くけれど全然聞こえないよ。お茶も苦くてぬ…

ハートに火をつけて

浴槽の中で今までのことを思い出していた、今まであったこと、いつのことか、誰のことかもわからないようなこと、あたしはそのときにどう思っていたんだっけ、何が起こったんだっけ、思い出すほどにわからなくなってゆく、本当にあったことと、本当はなかっ…

ハイ・スタンダードの亡霊

Hi-STANDARDの亡霊という概念が心の隅に巣食い始めたのはもう9年も前のことだった。いつもどおりなんとなく集まって缶チューハイを開けて、そうしたら家主が怖い話と称してその話を始めた。「俺、実家でさ、幽霊が出たのよ。部屋にいると呻き声が聞こえて段…