わたしのほうがずっと

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ミルチャ・エリアーデの『マイトレイ』を読んでいる。あけすけな性欲とあられもない恋情と、刻一刻と変わるマイトレイの眼差しや体温がありありとそこにあるようで、心臓をどきどきさせながら本を閉じてひらいてを繰り返している。女ばかりが他者であること…

他者性/話すこと

一段高い道から下って川沿いを歩いていると、堤防には一面に水仙が咲いている。ひとつひとつが重たく咲き誇っている様子を見ていると、ヘルツォークが『生の証明』で撮った狂気の風車を思い出す。1万機の風車が等しく回転する、壮大な錯乱の風景。ぞっとす…

カイロス/落伍

カイロスと眩暈の中で知らされるチューリップの名と伯父の帰国を ゆみちゃんと呼ぶ人が祖母であることを受け入れぬまま茄子をほおばる 敗北を寿ぐごとく綻びる蕾を見やり口ずさむ歌 落伍という文字を思えり おんなであることを捨てゆき鎧も落ちる 決断と決断…

くらげ界3と43のゲストは中村理奈さん、4のゲストは川上雨季さんです!・セブンイレブン〈3/17 23:59まで〉RAC2DYD7・セブンイレブン以外〈3/18 18:00ころまで〉YTBZRDXHR8→「くらげ界3と4」を選択— くらげ界 (@kuragemogenai) 2023年3月10日 前にお声がけい…

2月に入ってからは精いっぱい目の前のことをこなす、という日が続くけど、ぱっと玄関を開ければ薄紫色がたなびく空の向こうに鋭利な輪郭の雪山が見えたり、大きな川にかかる橋を渡りながら白鳥を眺めたり、ぽつねんと建っている古びた東屋に座って音楽を聴…

写真を撮ってもらう機会があった。写真に写るのがわたしは大嫌いで、だから早く終わってくれ、と思いながらがちがちに強張った笑顔をつくり、しばらくレンズを向けられた。はい終わりましたと声をかけられて気が緩んだ瞬間、その人は「もう少しいいですか?…

古井由吉が死んだ頃、ときどき歌舞伎町に行った。わたしは痩せていて、ひどく惨めだった。昼間は時計が止まっているのかと思うくらい退屈だった。髪を伸ばしてスカートを履き、人前でほとんど食べなかった。会ってすぐの他人に言われることをすべて信じきり…

「水槽いる人いますか?」という書き込みに「ほしいです」と返信したら「今アパート?下に降りてきて」といわれて、そのとおりにすると通りの真向かいに水槽を携えた人が立っていた。白いビニール袋を受け取って覗きこむと、うっすらとなまくさい生き物の匂…

こちらに越してきて一息ついた途端にどかどかと大雪が降り、今も降り続けている。朝、晴れ間を縫って外へ出たら真っ白な雪が視界のすべてをふかふかと覆っていて、数歩踏み出して見渡し、ただでさえ物慣れない土地の歩いてゆくべき道がわからなかった。消雪…

生活は自分の匂いがしみついたものが身の回りを取り囲むことによって形づくられていったのだと思う。それらのものを片っ端から放り込んで封をした段ボールが積み上がってゆくと、もういたたまれなくなって日中は文庫本だけ持って喫茶店で頬杖をついて時間を…

あなたにはじめて会ったのは今日みたいに骨の中までしみてくるような冷たい雨が降る日だったと思います。あの日あなたと別れたあと、あたしは駅のホームでぼんやり立ち尽くしてあなたが買ってくれたビニール傘の白い持ち手を握りしめていました。月の一度の…

たったひとりの戦争

野方が好きで、好きっていうか、用事はないのに商店街のあたりを歩いたり喫茶店で煙草の煙を浴びたりするのが好き。いつか野方に住んでみたいと思ってたけど、もうここに住めることはないんだろうなあ、帰り道に紺色と橙のグラデーションになっている境目を…

反復の官能

www.kawade.co.jp www.youtube.com www.shinchosha.co.jp youtu.be youtu.be ・・・ ひさしぶりに毛糸売り場に立ち尽くして胸をときめかせた。朝起きたら机に座って編んで、寝る前は瞼が重くなるまで編む。繰り返すことで生まれる快楽。自我が置いていかれる…

ゴダールが死んだ/嫌いになれない

ゴダールがスイスで死んだ。報せが出てからたぶん5日くらい経ったあとでそのことを知った。驚いた。亡くなった事実にというより、ゴダールが死んだことを知らずに過ごした5日間があったことに驚いた。その数日間は普段と違う場所にいた。暮らしが変われば…

日本人てくらいね

自分は片方の親の血を引いていないんだ、と淡々と笑いながら話していた。女受けするだろうなあ、みんなにこの話するのかしら、と思ったけど、つい緩んじゃって、わたしもね、と出生にまつわる蟠りをぽろっと口に出したら、その人はこう言った。 「日本人てな…

月を見ない

真夜中のからだの中にふさぎたくない穴があるってつぶやいていた 虫喰いのセーター川に沈めゆく少女だったと言って おねがい 収容所塗りつぶした絵が恋しくて真水を抱いて十五夜を待つ 人と寝るたびに忘れる 金沢で靴に雪しみた冷たさだとか 土を喰う寂しさ…

憂鬱な楽園

引っ越しが好きで、段ボールが積み上がった部屋に白い花なんかを買ってきて花瓶に生けて眺めたり、アルバムをめくって考え事をするのが好きだ。住む場所を変えることができるというのは大人になってから手に入れた贅沢な自由のひとつであるように思う。次の…

苦悩

あたしにも夜が来るんだうれしくて叫ぶ港の袋小路で マルグリット・デュラス読みおり眠る昼 はすっぱな女と思われている 自我を奪われても燃える命とは知らねど掴むあなたの首を やさしくてひどくて夏で神妙な白さをしてた百日紅だった 第三世界って遠い言葉…

しなやかさ

とにかく寝てくださいね。寝れば大丈夫になりますから。そういわれてまだ明るいうちから寝ている。少し前にはひどい夢ばかり見ていたけれど、ここ数日は夢も見ないで昏昏と意識を暗くしている感じ。ベルリン・天使の詩を再生して聴きながら眠っていた。抑揚…

代わり

家を引き払うとは聞いていたけれど、真正面に座ったその人が目を伏せて、実家に帰るんだ、といったら、なんだか何も言えなくなって、というか何を思ったらいいのかわからなくなって、そっかまあゆっくり休みなよ、夏じゃん、とか言ってとりあえずビールを飲…

彼女について(私が知らない事)

前腕に鋭い傷跡が何本も走っていて、猫にひっかかかれたのと呟きながら長袖を伸ばす姿が心許なかった。すきばさみを通していないであろう固くてまっすぐな髪は太いゴムでひとつにくくられていた。くぐもって低く響く声も、大きく瞠られた色素の薄い瞳も、水…

話の続き

気も合わずたいして話も弾まなかったのに妙なざわめきをもって思い出すことに戸惑っていたけれど、その理由はきっとかれが話した女の子にわたしまで恋ともつかない思いを抱いてしまったからだ。今はどの国にいるかもわからないというその子は、一夜が明ける…

つめたさ

日が暮れるころにその街に着けば、初夏に似つかわしくもない涼しい風が吹く。仕事帰りの格好のまま捲っていた袖を伸ばして手首のボタンをはめてもなお夕暮れの冷めた空気が腕にまとわりつくように通り抜けた。商店街にはいくつもの飲み屋に明かりが灯る。早…

退屈はしないで

昼夜を問わず一度でもクッション抱えてソファに座り込めばぷつんと思考が途切れて何ひとつ考えることもなく頭の中が空っぽのまま小一時間経ってしまう。絶えず音楽を流していて聞いてない。聞こえてくればなんでもいい。やらなければならないことに向かって…

うわさのあの子

いいかげん読まない本は手放さなきゃと思いながら、本棚に並ぶまっピンク色した背表紙の単行本を引き抜くと素っ裸の女が黒々とふといアイラインで囲んだ目でぎろりとこちらを睨む、アラーキーの写真ってあんま好きじゃないしこれ売ろうかなと思ってぱらりと…

ちょっとの雨ならがまん

酩酊して神田にいた。多分。惰性で噛んでいたガムが血の味にまみれていくのがなんとなく半分だけ。見慣れたコンビニの無機質な電飾とか歩く歩幅とか、全部半分だけ見ていた。彼と私は確かに同じものを見ながら話していたのに彼女はちっともわからないと繰り…

にくしみ

鳥海という名字はやさし まっさおに澄みゆく東京出て行きたくない マッチ擦る ほのおに何を見出せん思い出せずにつめたき畳 欠けやすきもの この街の夏のにくしみを飲みこむごとくぬくい硝子は 轢きごたえのありそうな鳥よ 飛び立てる道路のかたむきだけを愛…

THE DEPTHS

男娼の悲哀うつくし よるべなく道路は低き横浜の夜 終点の駅のトイレで吐いていた模造の麗人知らずにいた頃 死してなお生は完成しないのだとザジフィルムズのトリコロールは しあわせな吹雪みたいに落ちていた海より青いキャメルの箱が 幼子の嬌声疎む人乗せ…