メロウ

夢を見てるような感じを忘れないで、よくあるメロドラマみたいな感じでね、三つ数えたら立ち上がって、そこは晴れている日の青い芝のような匂いがするはずで、明るくて影ひとつない、何も変えてはいけない、いつもどおりひとつずつやるだけ。しっかり立って、前だけ見て、目をそらさないで。窓からどこまでも抜けるような青空が見えてそのまま眺めていると真っ逆さまに落ちてしまいそうだった。風が強い夜、色づいた葉が一面に舞い上がって、海の中で背を光らせて泳ぎ続ける魚のようで、道路には工事を知らせる色とりどりの光が煌めいて、人々はどこかひとつの出口へ向かうようにせわしなく動いていて、街全体が生きているように見えた。わたしは歩きながら大きな生き物に取りこまれてゆく、息づく世界を感じながら、一歩踏み出すごとに世界の中に存在するたったひとつのものに成り果ててゆく。

あの人のそばにいるとわたしはばらばらになってしまう、嘘でも本当でもない言葉を紡いでいると、喧噪だったすべてがひとつひとつわたしの中に流れ込んでくる。誰かの咳払いや、アップテンポの音楽、隣にいる男女の会話、安っぽい模造真珠のイヤリング、誰かが覗き込むスマホに表示された経済ニュース、それらのひとつひとつが、膨大な空間と時間が集積された重量としてわたしにかぶさってきて、ばらばらになったわたしはなんにも受け止められない。何も見えなくなって、どこに行こうとしていたのかわからなくなって、途方に暮れて座り込んでしまう。うまくいく方法はわかっている、その方法を何度も何度も唱えてうまくやろうとする、間違えないように、失敗しないように、うまくやろうと唱えるほど粉々になっていって、わたしはもう何にも従えない。拒絶も決定もできないままただこうして、くっきりと自分の輪郭が切り出されていくのを感じながら、羽化するときの蛹はこんなふうな気持ちだろうか、頑なにつくりあげた固い殻の中で自分がばらばらになってゆく、破片がどろどろに溶解して、ぐちゃぐちゃに混ざり合ったまま、もう一度少しずつ形になってゆく、そうしたら殻を割って脱ぎ捨てて、何にも従わないで行くことができる、正しいこともハッピーエンドもわからないまま行くだけ。