2022-01-01から1年間の記事一覧

たったひとりの戦争

野方が好きで、好きっていうか、用事はないのに商店街のあたりを歩いたり喫茶店で煙草の煙を浴びたりするのが好き。いつか野方に住んでみたいと思ってたけど、もうここに住めることはないんだろうなあ、帰り道に紺色と橙のグラデーションになっている境目を…

反復の官能

www.kawade.co.jp www.youtube.com www.shinchosha.co.jp youtu.be youtu.be ・・・ ひさしぶりに毛糸売り場に立ち尽くして胸をときめかせた。朝起きたら机に座って編んで、寝る前は瞼が重くなるまで編む。繰り返すことで生まれる快楽。自我が置いていかれる…

ゴダールが死んだ/嫌いになれない

ゴダールがスイスで死んだ。報せが出てからたぶん5日くらい経ったあとでそのことを知った。驚いた。亡くなった事実にというより、ゴダールが死んだことを知らずに過ごした5日間があったことに驚いた。その数日間は普段と違う場所にいた。暮らしが変われば…

日本人てくらいね

自分は片方の親の血を引いていないんだ、と淡々と笑いながら話していた。女受けするだろうなあ、みんなにこの話するのかしら、と思ったけど、つい緩んじゃって、わたしもね、と出生にまつわる蟠りをぽろっと口に出したら、その人はこう言った。 「日本人てな…

月を見ない

真夜中のからだの中にふさぎたくない穴があるってつぶやいていた 虫喰いのセーター川に沈めゆく少女だったと言って おねがい 収容所塗りつぶした絵が恋しくて真水を抱いて十五夜を待つ 人と寝るたびに忘れる 金沢で靴に雪しみた冷たさだとか 土を喰う寂しさ…

憂鬱な楽園

引っ越しが好きで、段ボールが積み上がった部屋に白い花なんかを買ってきて花瓶に生けて眺めたり、アルバムをめくって考え事をするのが好きだ。住む場所を変えることができるというのは大人になってから手に入れた贅沢な自由のひとつであるように思う。次の…

苦悩

あたしにも夜が来るんだうれしくて叫ぶ港の袋小路で マルグリット・デュラス読みおり眠る昼 はすっぱな女と思われている 自我を奪われても燃える命とは知らねど掴むあなたの首を やさしくてひどくて夏で神妙な白さをしてた百日紅だった 第三世界って遠い言葉…

しなやかさ

とにかく寝てくださいね。寝れば大丈夫になりますから。そういわれてまだ明るいうちから寝ている。少し前にはひどい夢ばかり見ていたけれど、ここ数日は夢も見ないで昏昏と意識を暗くしている感じ。ベルリン・天使の詩を再生して聴きながら眠っていた。抑揚…

代わり

家を引き払うとは聞いていたけれど、真正面に座ったその人が目を伏せて、実家に帰るんだ、といったら、なんだか何も言えなくなって、というか何を思ったらいいのかわからなくなって、そっかまあゆっくり休みなよ、夏じゃん、とか言ってとりあえずビールを飲…

彼女について(私が知らない事)

前腕に鋭い傷跡が何本も走っていて、猫にひっかかかれたのと呟きながら長袖を伸ばす姿が心許なかった。すきばさみを通していないであろう固くてまっすぐな髪は太いゴムでひとつにくくられていた。くぐもって低く響く声も、大きく瞠られた色素の薄い瞳も、水…

話の続き

気も合わずたいして話も弾まなかったのに妙なざわめきをもって思い出すことに戸惑っていたけれど、その理由はきっとかれが話した女の子にわたしまで恋ともつかない思いを抱いてしまったからだ。今はどの国にいるかもわからないというその子は、一夜が明ける…

つめたさ

日が暮れるころにその街に着けば、初夏に似つかわしくもない涼しい風が吹く。仕事帰りの格好のまま捲っていた袖を伸ばして手首のボタンをはめてもなお夕暮れの冷めた空気が腕にまとわりつくように通り抜けた。商店街にはいくつもの飲み屋に明かりが灯る。早…

退屈はしないで

昼夜を問わず一度でもクッション抱えてソファに座り込めばぷつんと思考が途切れて何ひとつ考えることもなく頭の中が空っぽのまま小一時間経ってしまう。絶えず音楽を流していて聞いてない。聞こえてくればなんでもいい。やらなければならないことに向かって…

うわさのあの子

いいかげん読まない本は手放さなきゃと思いながら、本棚に並ぶまっピンク色した背表紙の単行本を引き抜くと素っ裸の女が黒々とふといアイラインで囲んだ目でぎろりとこちらを睨む、アラーキーの写真ってあんま好きじゃないしこれ売ろうかなと思ってぱらりと…

ちょっとの雨ならがまん

酩酊して神田にいた。多分。惰性で噛んでいたガムが血の味にまみれていくのがなんとなく半分だけ。見慣れたコンビニの無機質な電飾とか歩く歩幅とか、全部半分だけ見ていた。彼と私は確かに同じものを見ながら話していたのに彼女はちっともわからないと繰り…

にくしみ

鳥海という名字はやさし まっさおに澄みゆく東京出て行きたくない マッチ擦る ほのおに何を見出せん思い出せずにつめたき畳 欠けやすきもの この街の夏のにくしみを飲みこむごとくぬくい硝子は 轢きごたえのありそうな鳥よ 飛び立てる道路のかたむきだけを愛…

THE DEPTHS

男娼の悲哀うつくし よるべなく道路は低き横浜の夜 終点の駅のトイレで吐いていた模造の麗人知らずにいた頃 死してなお生は完成しないのだとザジフィルムズのトリコロールは しあわせな吹雪みたいに落ちていた海より青いキャメルの箱が 幼子の嬌声疎む人乗せ…

カフカに似てる人

生活が光る団地は重たくてひらめく怒りで進んでいきたい 私から離れていって 鳩の首、iPhoneに伸びる指の関節 ずれていく身体を留めておく鋲はカフカに少しだけ似てる人 言葉じゃない言葉はあるの? ねむらない人の瞳があたしは怖い 建物は中から壊す 夕方の…

2022/4/26 AM8:06

曇った空の下満員電車にぎゅうぎゅう自分を押し込んでじっと目を閉じてニューオーダー聴いていたら臀部に硬く勃起したペニスが押し付けられた感覚があり、うわ勘弁して、と真っ先に思っていやでもこれがペニスだと決めつけるには早すぎないか?例えば何か別…

無題

新潮のコロナ禍日記リレーの号が図書館のレンタル落ちになっていたからもらってきて紫色をしたお湯に浸かりながらぱらぱら読んで坂本慎太郎の夜型のお手本みたいな生活に感心していたけれどふと我に帰って、しっかりしなくちゃな、とひとりごちて、しっかり…

Funk #49

仕事の夢と、猫の夢を見て起きた。ジェームス・ギャング聴きながらいつもと逆方向の山手線。いつかの夏の朝、市ヶ谷の住宅街をふらふら歩いていて、通りすがったごみ収集車の助手席に乗った男の人を見た。その人は車の窓を開け放して肘をかけて、作業着の袖…

嘔吐、盥、瞼、受難

夢見が悪い朝は決まって貧血を起こして目の奥が真っ暗になりながらやっとの思いでベッドから起き出すのだけれどその日一日は咀嚼しても上がってくる繊維質のような夢の残骸がぐずぐずと胃の中に残って気持ちが悪い。夢の中でわたしは誰もいない教室の隅に立…

零度

(前に書いてたやつ) 突然サイレンがけたたましく鳴り響いてあなたのことを思い出したのです。あなたは最後にその綺麗な指でコーヒーに角砂糖を落としてスプーンでかきまぜてひと口啜ると淀みなく立ち上がりあたしに背を向けて、それきりでしたね。 あなた…

春の澱

また前みたいに会えて嬉しいわ、そう言ってあの子はきらきら零れるように笑ってた。あの子が私の側を離れた日、知らない電車に飛び乗って広いお城に着いたけど、落ち葉を踏みしめる自分の足音に驚いて動けない。あっという間に夜が来て、あたしは繰り返し再…

ところで

顔も上げられないような日々を過ごしていた。やっと息をつくと色とりどりの花が芽吹いていて道が眩しい。毎年楽しみに待っていた沈丁花は盛りを過ぎて褐色にくすんでいる鉢すらあった。 脱水寸前の状態で水にありついたような勢いで映画を観て本を読んでいた…

起点

" data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true">彼女は昼と夜の区別がつかなくなったらしい。一日中とろとろと眠っては目覚めを繰り返す。たとえ日が落ちかかっていようとも起き抜けこそが彼女の朝だ。「こんな早くにどうしたの」と、一日に何回も…

in-between

突き抜けるような苛立ちを頭の中いっぱいに滾らせて視界一面の色がさらさらと薄くなってゆく、皮膚の内側は可笑しいくらい清らかで優しい手触りのようでいて、感情と相反した身体の反応はまっすぐだ、ある種の整い方をしている反応はバロック音楽の旋律のよ…

使い古された喜び

週末、高田馬場でオールド・ジョイを観た。隣に座った人は申し訳ありませんと言いながら開始直前に出て行って、二度と戻らなかった。それから人同士の分断について考えていた。ずっと一緒にはいられない。それはどうして? 悲しみは使い古された喜びって本当…

薬と金属

金属と薬品と煙が混ざった匂いがした。無機質なのに人肌のぬくさがある匂い。よく知っている。知っているつもりになっている。今でも。今になったから。何も知らなかったのに、出来事は時間が経つほどに風にさらされて角が取れ、隙間は埋まってゆく。気がつ…

光の粒

大森の辺りに来ると真っ先に、あ、地面が低い、と感じる。なんでだかわからないけどそう思う。快速特急に乗って大森を通り抜けてそのときも同じように、いつもより低いところに来た、と思った。不思議だった。海の近くで必ず感覚が働くというわけでもなく、…