ハイ・スタンダードの亡霊

Hi-STANDARDの亡霊という概念が心の隅に巣食い始めたのはもう9年も前のことだった。いつもどおりなんとなく集まって缶チューハイを開けて、そうしたら家主が怖い話と称してその話を始めた。「俺、実家でさ、幽霊が出たのよ。部屋にいると呻き声が聞こえて段々デカい声になって、でもうるせえ!って叫ぶとぴたっと止むわけ。それ以外の害はないからほっといてたんだけど、ある日ハイスタの新譜買ってきて(サブスクリプションが流行り出したのはこれから4~5年後だった)、家着いてわくわくしながら開けて、爆音にしてヘッドホンで聴いてたんだよね。もうめっちゃよくてさ、で聴き終わって満足してヘッドホン外したら、」ものすごい声でその男が叫ぶから一瞬で恐怖と驚きで頭が真っ白になり私たちも叫んだ、次の瞬間に馬鹿馬鹿しくなって全員で笑って、終わり。以上がハイ・スタンダードの亡霊の話。この日以来わたしは家でヘッドホンを着けられなくなってしまった、ハイスタの幽霊が出たらどうしよう?と今日も思って、馬鹿だよね、ただそれだけ、本当にそれだけで、山も落ちもないこんな話をなんで書いているか、さっぱりわからないんだけど、最寄りのTSUTAYAの閉店が決まったことを知った。レンタルショップに通うのが好きだからものすごく寂しくて、この先すべてのレンタルショップがなくなってしまったら、そうなったらなんだか華氏451度みたいじゃない?と思ったら空恐ろしくなってしまって、ハイスタの亡霊の話で笑い転げていた頃に近くにあったのはTSUTAYAじゃなくてローカルなレンタル屋で、みんな通ってたその店にはとんでもない程の音源がたくさん置いてあって、でも2年くらいしたらその店もTSUTAYAに買収されて、そのTSUTAYAもこの間なくなったって。どんどんなくなっていく、でも別に困らない、思い出の実態ってなくなっても困らない。暗がりにブリキのバケツだけが置いてあった刑務所みたいな喫煙所も、もうきっとなくなっているんだろう。白いニットが似合うあの人はまだあの土地に住んでいるのだろうか? この目で確かめてみたいのに、何も変わらない自分とすっかり変わってしまった自分に直面したくなくて、こうやって思い出すばかりだ、Hi-STANDARDの亡霊の話をした男も、一体今どこで何をしているんだろう。