五番目の話

あなたが好きになるものはいつも魅力的だった。万華鏡のような文章を連ねる作家も、秋の名残を冷ややかな手触りで描ききった画家も、突き抜けるような空色のワンピースも、なんてことないオレンジ色のシャープペンシルでさえ。わたしはいつからかあなたが目で追うものを察知できるようになった。あなたが対象に惹かれていくその心の動きをありありとわかるようになった。

わたしの兄が死んだ日、エレベーターホールから降りたあなたは髪留めをなくしたと言って泣いていた。つるつるした模造石の飾りがあしらわれたものだった。その数分前、わたしはあなたが席を立った隙に、それをトートバッグの内ポケットから慎重につまみ出して、ハンカチに包んでポケットにしまったのだった。

家に帰って洗面台の前に立ち、ポケットからそれを取り出して髪を束ねる。勢いよくねじり留めると、痛いくらいに留め具が食い込んだ。

髪留めで後ろ髪を束ねたまま、あなたの恋人に電話して、その夜に部屋へ招いた。あなたの恋人は通った鼻筋と白い歯が綺麗だったが、美しさを引き換えに言葉を売り払ったかのように何通りかの俗語を繰り返すのみで、つまらない男だった。レールが敷かれたように生きてきたくせに電気を消して耳を撫でるとあっという間にその気になった。あなたの恋人は、粗野な言動とは裏腹に、白くてつるつるした肌を持っていた。胸も背中も鎖骨もばらばらに存在しているように見えた。声はまるで窓の外から聞こえるようにくぐもっていた。かと言えば遠くの人に向かって呼びかけるような声量で耳元に聞こえたりして鼓膜が大きくふるえた。ふれられると感冒にも似たぞくぞくとした嫌な寒気が走った。わたしの身体は男の人格を受け入れることを拒否していた。それでも、白くて硬いいくつもの身体の断片にあなたが触れたりくちづけたりする姿を想像するだけでどうにかなってしまいそうで、何度も意識が飛んだ。男はそんなわたしを見て満足げにしており、心から愚かだと思った。男を慈しむあなたのまなざしを想像すると家中の皿を叩き割りたい衝動に駆られた。

男の隣で眠りに落ちる直前、上唇の左端が歪んで泣き出しそうに見えるあなたの笑い顔を思い出した。目につく人の悪口を面白おかしく吐き捨てると、決まってあなたはその笑い方をするのだった。あなたの笑うところを見ていたかったからわたしは往来の人間を心底嫌う癖がついたのだった。