2022-06-01から1ヶ月間の記事一覧

彼女について(私が知らない事)

前腕に鋭い傷跡が何本も走っていて、猫にひっかかかれたのと呟きながら長袖を伸ばす姿が心許なかった。すきばさみを通していないであろう固くてまっすぐな髪は太いゴムでひとつにくくられていた。くぐもって低く響く声も、大きく瞠られた色素の薄い瞳も、水…

話の続き

気も合わずたいして話も弾まなかったのに妙なざわめきをもって思い出すことに戸惑っていたけれど、その理由はきっとかれが話した女の子にわたしまで恋ともつかない思いを抱いてしまったからだ。今はどの国にいるかもわからないというその子は、一夜が明ける…

つめたさ

日が暮れるころにその街に着けば、初夏に似つかわしくもない涼しい風が吹く。仕事帰りの格好のまま捲っていた袖を伸ばして手首のボタンをはめてもなお夕暮れの冷めた空気が腕にまとわりつくように通り抜けた。商店街にはいくつもの飲み屋に明かりが灯る。早…