気晴らし

20世紀初頭のイラストが大好きだった。ジョルジュ・バルビエ、シャルル・マルタン、ジョルジュ・ルパップ、ポール・ポワレ小林かいち高畠華宵といった名前を調べてはうっとりしながら画集をめくっていた。模様みたいにきれいな女の人たちは百年前の遠い夢。きらびやかで、しなやかで、まっすぐ立っている。玄関に山名文夫のポストカードを貼っている。黒い線で構成された入れ墨のような女の人。頭のてっぺんからつま先までがすっと伸びて、きれいな曲線を描くドレスを纏った立ち姿。彼女の目を覗き込んだら何も映していなかった。どんな日に見たって凜々しく美しいのに、彼女の中にはなんにも入っていない。

誰にでもこんなこと聞くんですか?と言われた。こんなこと聞かれたのは初めてだったから。少し面食らいながら、そうだよと答えた。なんかごめん、と思った。わたしだってそんなこと聞き返されたの初めてだった。でも一回だけ。これっきり。探られたら気持ちいい特別な場所ってみんな大体同じ。

家に帰りたくなかった。寄り道と回り道を繰り返してうるさい音楽聴きながら帰った。何度も会ったあの人が斜視だったと気がついた。