2021-01-01から1年間の記事一覧
Sから大晦日のストップメイキングセンスに誘われたけど断ってしまった。Sに話したいことがいくつかあった。Sは多分結構気を遣ってくれている。大概そのときにはすぐにわからなくて、後で思い出して気づく。 薄暗い部屋で点滴打たれながらチェット・ベイカ…
ゆらゆら帝国聴いていたら、昔に2回くらい適応障害と診断されたことを思い出した。だからなんだということもないけれどその事実を書いておいたほうが自分にとっていいような気がして書いておく。あまり人に言うことでもないし、特にオフィシャルな場では不…
熱が出そう。腰のあたりの身体の奥底か皮膚の表面かわからない場所がちりちりとさざめいて、顔の中いっぱいにたぷたぷとぬるま湯が入っているみたいで、手足ばかりがいつまでたっても冷たい。物体になれない生煮えの思考が浮かんではぐるぐると渦巻いて、あ…
夢を見てるような感じを忘れないで、よくあるメロドラマみたいな感じでね、三つ数えたら立ち上がって、そこは晴れている日の青い芝のような匂いがするはずで、明るくて影ひとつない、何も変えてはいけない、いつもどおりひとつずつやるだけ。しっかり立って…
市井の人がどんなふうなことを思いながら暮らしているのか知りたいと、最近そういったことを漠然と思うようになった。難解な思考とか世の中への提言とかまっすぐな信念とかそういう、大きくて揺るぎないものも大事だけれど、今わたしが興味があるのはそうい…
20世紀初頭のイラストが大好きだった。ジョルジュ・バルビエ、シャルル・マルタン、ジョルジュ・ルパップ、ポール・ポワレ、小林かいち、高畠華宵といった名前を調べてはうっとりしながら画集をめくっていた。模様みたいにきれいな女の人たちは百年前の遠い…
アイシャドウがなくなって捨てた。化粧品や花を捨てる一瞬の陶酔が好きだ。冬の雨はまるで氷に変わる寸前。喪失は誰にも気づかれないひそやかなものであるべきで、その後を、ぽっかり空いてもう戻らない空間を眺めて、温度のない生活を繰り返して、ひとりき…
三日半寝込んだ。二人の人のことを考えていた。ひとりはわたしの鏡になってくれる人。いつでもわたしのことを深くまで理解してくれて、わたしの欲しい言葉をくれる。その人の前ではどんなに寂しくても悲しくても許されるし、誰にも言えなかったことを言える…
あなたが好きになるものはいつも魅力的だった。万華鏡のような文章を連ねる作家も、秋の名残を冷ややかな手触りで描ききった画家も、突き抜けるような空色のワンピースも、なんてことないオレンジ色のシャープペンシルでさえ。わたしはいつからかあなたが目…
上野駅公園口はすっかり小綺麗なつくりになっていて見知らぬ駅のようだった。広い出口を出て、人が閑散と立っていて上野公園へと続く道を見渡せば、左手の歩道橋は変わらない、あの歩道橋の階段を誰かと登って歩いたことがある、その事実が突然に大きなもの…
久しぶりに会ったのにしばらくすると話すこともなくなってしまって、いや、わたしは話したいことも聞きたいこともたくさんあるのにさ、隣に座ったあの人はうつむいてiPhone触ってばっかり、時折ぼそぼそと何かを呟くけれど全然聞こえないよ。お茶も苦くてぬ…
浴槽の中で今までのことを思い出していた、今まであったこと、いつのことか、誰のことかもわからないようなこと、あたしはそのときにどう思っていたんだっけ、何が起こったんだっけ、思い出すほどにわからなくなってゆく、本当にあったことと、本当はなかっ…
Hi-STANDARDの亡霊という概念が心の隅に巣食い始めたのはもう9年も前のことだった。いつもどおりなんとなく集まって缶チューハイを開けて、そうしたら家主が怖い話と称してその話を始めた。「俺、実家でさ、幽霊が出たのよ。部屋にいると呻き声が聞こえて段…
ジュンパ・ラヒリ『その名にちなんで』を3時間かけて読んだ。アメリカで生まれ育ったベンガル系移民二世のゴーゴリという男はニコライ・ゴーゴリにちなんで名付けられた、その彼が、進学して、改名して、数人の女と出会う半生を送るのだけれど、わたしは読…
流行りものをリアルタイムで享受することがあまり得意でないのは、こんなに良いと言われているものをちっとも良いと思えなかったらどうしようと世界から疎外されることへの不安を感じるからだ。ドライブ・マイ・カーもそんな怖さがあってなかなか腰が上がら…
日曜の明け方4時前にふと目が覚めて携帯を見たらある人からメールの返信がきていて丁寧に画像も添付されていてそれを見たら一気に打ちひしがれて、ただなんてことないその人の大事なものについてのわたしとはなんら関係のない話だったのだけれどそういった…
カーテンの向こうに行き、下着を脱いで、椅子に座って大きく脚を広げた。膣内に冷たくて固い機械がゆっくりと入ってかき回すように動く、その間の堪えがたさと言い知れない恐怖で全身ががちがちに硬直し、ああまた今回も慣れることができなかった。渦巻く自…
自分の中に落ちる、とか、潜る、といった感覚を覚えることがあり、それは文章を書いているときが多い。ずっしりと重たく撓むやわらかい緞帳をかきわけたら何が見えるのか。そんな好奇心が原動力だったはずだけれど、近頃はそのように淀んだ深部に目を向ける…
誰といるときも状況に応じて仮面を着けたり外したりしているだけなのだから、その人に映るわたしは、わたしがその瞬間にとった行為の評価に過ぎないのだと思うようにしていた。だからその評価としてかけられたことばがたとえ良いものでも、悪いものであって…
髪型を変えたのかと尋ねると貴女が可愛いから真似たのだと言われた。予想していなかったし、居心地が悪かった。私がいない場所で私のことを思い出さないでほしいと思った。 ミヒャエル・ハネケのピアニストを観た。母親との確執の話をした流れで何度か勧めら…
大江健三郎の小説に頻出する恥の感覚がとても興味深いと思っている。この感覚は、わかる。恥とは一体なんなのか。仕組みを言語化しようと努めているがどうしてもできない。向き合いきれないから羞恥を感じるのか。今日、憤りを感じる出来事があったが、どう…
" data-en-clipboard="true">耳朶や乳房に針刺す寂しさを紛らすためにバス停へゆく継続の重みを知らぬ金魚ゆえゆうべのあまさを映して赤い牛乳に氷を入れてすましてた子の嫁ぎ先ミシンが2台外国の言葉の喧嘩はリズミカル自転車乗れないロングスカート・おと…
" data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true"> 人間というものは、自分自身の価値について、外にあらわれたしるしを、つねに自分のために必要とする。 —シモーヌ・ヴェイユ『工場日記』 わたしはわたしであることから逃れられない。同時に、わた…
頬杖をつく癖が直らない。最寄りのレンタルショップでDVD借りたらバーコードの上のところに油性ペンで書かれた「黒澤明」が二重線引かれて「成瀬」と訂正されていた。若い女が書いたような無邪気な字体だった。『女の中にいる他人』を観た。秘密っていうもの…
近頃よく通る道の中で、坂を登って右に曲がる、すると視界の隅にちらりと横切る一棟の古びたアパートにはたったひとつの部屋にも灯りがともっていない。かつて人を住まわせていた時代の姿を残したまま存在し続けているその建物は、今を進んでゆく生活の時間…
あたしは、恋人と夫を同じ呼び方で考える、あの人って言葉でね、おかしいわね、おかしくないけれど、あの人っていう言い方は、だって特別な人物を指してるわけではない、ようするに、ここにいない人のことだ、ここにいない人誰でものことだもの、それにあの…
手紙に書いた言葉の殆どが手元には帰ってこないのだと、荒廃したその家の前で思った。住宅地の中を流れるささやかな川にこぼれ落ちてゆくかのように立葵や金魚草が咲きみだれ、走る人がゆきかう道中のさなかに突如としてその家は在る。外壁の塗装は剥がれ落…
暑い。眩しい。発車直前の新幹線に飛び乗っていくつも県をとびこえたら、関西の電車は東京のそれと比べて個性を持っているように感じた。目的地に降りたって見渡せば緑の山が景色の到達点をぐるりと囲み、四車線もある広いアスファルトに日差しが照りつける。…
そういえば、父もその大学出ていて、一浪して入ってんですけど、ばかみたいに真面目で。頭ちょー固くて。と、会話の流れで、言ってみた。ごく近しい他人のように親しみと馴れ馴れしさを端々に含めながら、何ひとつ疑問をもってこなかったふりをして、言って…
この本を読み終えたら家から出ようと思いながらどんどん外が翳ってゆき、最後のページをとじて一息つくと大雨が降りはじめた。そのまま膝を抱えて外を見ていれば何度も空が光り雷が落ちた音がする。雨は次第に凍った粒にかわり、停めてある車に打ちつけては…