日が暮れるころにその街に着けば、初夏に似つかわしくもない涼し い風が吹く。仕事帰りの格好のまま捲っていた袖を伸ばして手首の ボタンをはめてもなお夕暮れの冷めた空気が腕にまとわりつくよう に通り抜けた。商店街にはいくつもの飲み屋に明かりが灯る。早足 で歩きながらよそよそしい生活の匂いを吸いこむ。すると奇妙な懐 かしさがこみあげて、彼女のことを思い出す。
その街には小さな映画館があり、踏切を渡って細く曲がりくねった 道を進めば窓口へと続く階段がぼんやりと白く浮かび上がる。あの ときそこで彼女と観たのはとある家族の軋轢を映した短い映画だっ た。画面の色彩は鮮やかすぎるほどで、フランス語で交わされる暴 言が耳をつんざいた。若い女優の怒気に満ちた灰青色の瞳と対照的 に、前歯の隙間があどけなく見えることがやけに印象に残った。映 画館を出ればわたしはすっかり参ってしまい、喫茶店の古びたうぐ いす色の革張り椅子に腰掛けて細いスプーンをつまみコーヒーカッ プをかきまわしていた。どうだったかと映画の感想を尋ねると、彼 女は一瞬だけ困った目つきを窓の外へやり、それから紅茶のカップ を両手で包み込むと少し笑って言った。
あたしは人んちのお勝手には興味がないみたい。
その街には小さな映画館があり、踏切を渡って細く曲がりくねった
あたしは人んちのお勝手には興味がないみたい。