「水槽いる人いますか?」という書き込みに「ほしいです」と返信したら「今アパート?下に降りてきて」といわれて、そのとおりにすると通りの真向かいに水槽を携えた人が立っていた。白いビニール袋を受け取って覗きこむと、うっすらとなまくさい生き物の匂いがした。数日後には、薄紫色の熱帯魚が入った小さな瓶を両手で包むように持って車の後部座席に乗っていた。「名前なんてつけるの」と言われて適当に答えた。何と名付けたか忘れてしまった。ジョー・ストラマーだっけ? 真っ盛りな夏の、夕暮れと夜にはさまれた頃の空みたいな色をした魚だった。ひらひらと尾びれをひるがえしながら水の中に佇んでいて、雄だった。きれいなのは雄の魚だけで、威嚇やセックスアピールのための身なりだと聞いた。水槽に鏡を立てかけると、自分の姿を恋敵だと勘違いして、体中のひれを目いっぱい広げていた。その格好が見たくて、鏡を用意しては水槽を覗きこんでいた。すぐに疲れるから一日に何度も鏡を見せてはいけないと知っていたけれど、何十分も鏡に向かわせることもあった。だからだったのかもしれない。その次に思い出すのは、生白い腹を上向けにしてじっと水に浮かんでいる姿。弟が家に来た日に彼は死んだ。弟は気味悪がっていた。つまみあげて生ごみと一緒に捨てた。縁日の屋台で売られているペンダントみたいに素敵な色だったのに。かわいかったのになあ。あれから、生き物を家に置いたことはない