あなたにはじめて会ったのは今日みたいに骨の中までしみてくるような冷たい雨が降る日だったと思います。あの日あなたと別れたあと、あたしは駅のホームでぼんやり立ち尽くしてあなたが買ってくれたビニール傘の白い持ち手を握りしめていました。月の一度のあれが始まったことで下腹部には石がおしつけられるような重い痛みがあり、どんどん冷えきっていくのでした。少し離れたところには紫色のワンピースを着た長い髪の女の人がうずくまっていて、きっとお酒を飲みすぎて具合が悪くなってしまったのだと思います。その人はひとりぼっちでした。あたしは傘の柄を持て余しながら彼女をぼんやりと見ていたのでした。その日のあなたは、初めて会う人の印象としては不自然なほど疲れているように見えたのです。あなたは色とりどりの皿が並んだテーブルを挟んであたしの向かいに座っていて、家を出たいのに出られないのだといいました。病気を宣告されたにもかかわらず何年も生きながらえる母親の目を見ると、どうしても行くことができないのだと。あなたのその、いくことができない、という言葉ははっきりと不能を想起させるようでいて、なにか大きな箱で四方を囲まれたように重苦しい言い方だったものだから、あたしはなんとなく白々しい気持ちになり、同時にあなたのことをちょっとだけ可哀想に思いました。それがあなたに興味をもったきっかけだったのよ。――あなたはきっと今、少し傷つきながらくちびるの端を歪めて笑おうとしているのだろうと想像します。あたしが意地悪を言うとあなたはだいたいそんな顔をしていたから。あなたがその顔をするといつもあたしの胸はぎゅっと苦しくなり手足には誰かに押さえつけられたような力が入って、後ろ手に組んだ手の甲に爪を立ててしまうのでした。新月の次に出るひらっとしたお月さまみたいな形、三つだけ、うっすらと血が滲んで浮かびあがるのがあたしに課せられた罰なんだと思っていました。あたしがいつも肝心なことを感じ取れずにあなたと過ごし続けることに対する罰。実際のところ、あなたは初めて会った日に限らずいつも疲れていたと思う。目の下の隈や言葉の奥にある重苦しさはいつも消えることがなかった。母親のせいでいくことができないと言ったのに、あたしには毎週のように会いにきて、だから不思議に思っていたのです。毎週金曜日の夕方にあたしの家にやってくるあなたはむせかえるような疲労をまとっていたのに、胸はどきどきと強い脈を打ち悪い風邪を引いたように体温が高いものだから、あたしはいつも暑くてたまらなくて水ばかりのんでいました。水をのんでいると、一口のんだら終わりがきて否応なしに次にいかなければならない気になります。冷たいものがお腹の中に落ちていき、次のことが始まるのが恐ろしい。だからあたしは手に爪を立てながら水をのみ続けていたのかもしれません。あたしには肝心なことが何なのかさっぱりわかりませんでした。だからあなたについて書けることはこれがすべてです。