野望

手紙に書いた言葉の殆どが手元には帰ってこないのだと、荒廃したその家の前で思った。住宅地の中を流れるささやかな川にこぼれ落ちてゆくかのように立葵や金魚草が咲きみだれ、走る人がゆきかう道中のさなかに突如としてその家は在る。外壁の塗装は剥がれ落ちところどころに隙間が見える。空いた酒瓶や酒缶が、川辺の花と同じくこぼれ落ちるように、無数に夥しく積み上げられてその一角だけは淀んで暗い。廃、という文字が醸すうらさびしいような心持ちそのものの風景で、何度も通ったその曲がり角に行き当たれば毎回度肝を抜かれつつ、その禍々しさにどうしようもなく吸い寄せられるのだと—そのように手紙に書きつけてポストに投函したのだった。その文をもう二度と読むことはできないのだと考えて、漠然と寄る辺がない。わたしのものだった言葉がもう二度とわたしには属すことがない。手放してしまった口惜しさと、消息がわからなくなった子猫をいつまでも目で探すような心細さと、じくじくと胸に残る悔恨のような湿り気。
 
一方でもらった手紙には、断片的な記憶が矛盾しながら含み持つ永久性のようなものを見出している。いつまでも大事に取っておいては、そのひとではない、言葉そのものだけを信じて時折読み返す。だけれどもわたしが書いたものとまったく同じように、書き手の元にこれらの言葉が戻ることはきっとない。このじっとりと重たくて責任のない言葉のやりとりを、寸前で消し止める火遊びのような気持ちで続ける。罫線いっぱいに幅を取り、わずかな緊張を含んだ文字を眺める。