小さいけどおいしいピザ屋があってね、寡黙な店主がひとりで切り盛りしてるお店で、今度こっち来るとき声かけてよ。そういう話の流れになって、うん行きたいな、と返事をしながら、その土地の名前が妙にうわずって胸の中にひっかかるのを感じていた。

その日の夜は池袋でエリック・ロメールのオールナイト上映を観ると決めていて、午後の日差しが鬱陶しくてベッドの中で毛布をかぶっていた。Yから連絡が来て、ちょうどその頃に何度か遊んでいた人のところに電車を乗り継いで出かけた。迎えに来てくれた車に乗ったらよそよそしい新車の匂いが鼻について、NEU!が流れていて、ノイじゃん!ちょうど最近聴いてたよ、と言ったと思う。

NEU!の曲を聴くと、その飄々とした格好よさとは似つかわしくない夜の新宿の賑わしさや、うっすらとした期待とものすごい退屈さ、それからこの日に彼の車の窓から見た、だだっ広い車道を思い出す。

サウナに行って、そのあとYが気を利かせて二人きりにしてくれた時間があったのだけど、何をしゃべったらいいのかわからなくて一方的にきまずかった。そのときにめがねを外したところを初めて見たような気がした。ちょうど当時聴いていたバンドの話をしたんだと思う。その後も何回か、そのバンドの新譜が、とかラジオに出てたよ、だとか、ウエルベックの話とかをしたような気もする。ギブソンで弾いたメジャーコードのごつごつした感じも思い出す。

その日はそのまま夜になって私は池袋に行ってロメールを見て、朝の池袋って好きになれないなと思いながら朝日がまぶしい電車に乗って帰ってシャワーを浴びて寝た。

この日のことを思い出すとなぜか、マイ・プライベート・アイダホの中で寂しそうに暖炉に向かうリヴァー・フェニックスの姿を思い出す。そんなシーンがあったかももう記憶が定かじゃないけれど。マイ・プライベート・アイダホの話なんか多分しなかった。

その街のこぢんまりした古い街並みのイメージだとか、その人が住んでいてそういう日があったということが重なって何層にもなった記憶がよくわからない引っかかりになって、ふと立ち止まって何かを探したい気持ちになる。

彼女がその街にいるのは年内までで、その後は日本を出てしまうという。その前に訪ねてピザ屋に連れていってもらおうと思った。もう少し涼しくなった秋口くらいに。いろんな飲み屋で飲んだIPAの、こっくりした色や喉に落ちていく苦味が恋しくなった。