個人的なことは政治的なことであるはずなんだけど、この国においてさまざまな個人の体験が政治に反映されないのは、民主主義という現実めいた幻想を信じながら、そこに参画できずに傍観するしかない仕組みになっているから。

そういえば、自民党総裁選のときに何ひとつ国家に対して意思表示をできないまま内閣総理大臣が決まることに背筋がぞわぞわするような気持ち悪さと恐怖があった。おかしいよね、と友人と話していた。

わたしは社会のいろんなことにずっと憤っていて、毎日絶望するし、そういった気持ちのやり場がない。気持ち悪いことは気持ち悪いと思ったり言ったりしたいし、気持ち悪い場所に居たくない。

わたしは悪意がある人よりも、思考停止した人の無関心がいちばん怖い。