祈り

結局のところわたしを救ってくれるのは他者ではなく、大好きだった漫画でも小説でもなく、あらゆる場所に書き残したまま忘れてきた文章なのだと思う、散々な気分のときに吐き出した言葉の粗雑な繋がりを目で追っていると、自分の輪郭をくっきりと感じ始める、一抹の恥を抱えながら行うこの行為は一種の自慰だろうか。あられもないゆらぎと波に身を委ねながら生み出し続ける作業。ねえ人に見せるのって愉しいの。
 
慌てふためくあのひとを遠くから見ていた。かわいかった、籠の中のハムスターみたいで。ガラス越しの愛玩動物を愛でるような気持ちで彼に言葉をかける。なにかよくないことが起こりはじめている、言い表せない胸のざわつきと、目が合うことの恐怖。視線は刃物そのものだと、そう言った彼が狂っているのだと、決めてしまったあんたがいっちゃってんじゃないの。家をひきはらったら戻れない。正常という名前の思考停止。正しい無知。賢い白痴。
 
忘れたくない、と、忘れてしまいたい、の狭間を延々とまわり続ける。一日の中で同じ道を何回も通り過ぎる、階段をのぼって、降りて、暗い洞に入って、抜けて。長い時間をかけて何度も繰り返す。あのひとはわたしを待つことはない。