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この間までジュディス・バトラージェンダー・トラブル』を読みながら(今は中断している)アレサ・フランクリンを聴いていた。

 
 
—あなたは私を当たり前の女のように感じさせる
当たり前の状態が「さもそうであるかのように」と表現されることで完成する、という矛盾が孕む底深さがさりげなく指摘されていたのだけど
つられてユーメイクミーフィール、ライクアナチュラルウーマンと口ずさんでみてもちっともそんなふうなのはわからないと行き止まるばかりだった。
 
だったのだけれど、
想像もつかないような時間感覚と途方もないものをつぎこんでつみあげてきた生活の年月を目の当たりにしたら「当たり前の女のような」という気持ちにほんとうに雷が打たれるようになってしまって、
平日昼間に忙しくキーボードを叩いていると書面上の情報に取り込まれていくような心持ちにもなってゆく、会社員だとか大卒27歳だとか期待とプレッシャーと焦り、
長女であることと母親と不仲といえないような関係であること、小さな棘が抜けずにちくちくと残っていること、家族や友人や今までつきあった男に知らぬ間に定義されていた自分の像と、そんなふうに私のやり方だと信じていたものが、いっぺんに吹き飛ばされて霧のようにがんじがらめに目の前をとりまいていたしがらみが一気に全部晴れたようだった。
この人がまさかこんなふうに思わせてくるなんて思わなかった、という、自分に裏切られたようなショックもあいまって、頭のなかがぐらぐらしながら、常識人として守らなければならない規範を全部破ってしまってもこの人のことをもっと知りたいと思って、これが「当たり前のような」という感覚か、果たしてそれが錯覚かもしれないと疑うことすらもう、なにひとつ関係がなかった。
 
といったことを忘れたくなくて書いているけれど、帰り道にアレサ・フランクリンを聴いて岡本かの子を読んでぼんやりしていたら、もう私の気持ちではなくなってしまったのかもしれない。またあの人に会って同じような衝撃と弾む気持ちはもてないかもしれない。
 
その人の中には確に自分も融け込まねばならぬ川がながれてゐる。それをだんだん迫つて感じ出すのです。けれどもその人は模造の革で慥へて、その表面にヱナメルを塗り、指で弾くとぱかぱかと味気ない音のする皮膚で以て急に鎧はれ出した気がするのです。私の魂はどこか入口はないかとその人の身体のまはりを探し歩くやうです。・・・・・いま男の誰でもが私に触つたら、ぢりぢりと焼け失せて灰になりませう。そのことを誰でも男たちに知らせたいです。  —岡本かの子『愛』
 

「私、あなたを抱きしめた時、生まれて初めて自分が女だと感じたの。男と寝てもそんな風に思ったことはなかったのに。」  —松浦理英子ナチュラル・ウーマン』