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あと少し手が届けば全部がわかるのに決して到達することのない夜は時折訪れる。昨日から今朝まで夢中になって読んでいたのはウラジーミル・ソローキン『マリーナの三十番目の恋』、男とのセックスでオーガズムを得たことも女を心から愛したこともないレズビアンの娼婦マリーナが初めて本物の恋に落ちた相手は…という明解なプロットで鮮やかに暴かれる、この、世界を覆う、目に見えない体制というものが。平日の昼間にやっていることはつまるところ点取りゲームでしかないと気づいたのは先月のことだった。何をすれば高得点が取れるかはある程度決まっていてそれをわかったうえでやるかやらないかにすぎないのだ。仕組みがわかれば効率よく点を取れる。やりがいだとかキャリアアップだとか将来のビジョンだとかちっとも信じていなかった言葉もゲームを乗りこなすためのツールだと思えば躊躇なく吐けるし愛想だっていつでもつくれる。仕組みを理解して攻略しようとするプレイヤーはやはり強いけれど、自分はこの壮大なゲームの中で動かされているにすぎないのだというところまで理解してチェス盤に乗っている駒はいくつあるのだろう? 自分が動かす側だと信じている人すらいる—限界を迎えつつある資本主義の中で生まれては消える瑣末なゲームでしかないのに。秩序があるだけ私のいるところはやりやすい。ルールの崩壊したゲームほど苦しいものはない。この、一歩立ち止まってしまえば馬鹿げて見えるような場所で、主体性などと呼ばれる窮屈な行為の結果が評価される場所で、盤から降りて冷笑するのはさぞ楽だろうと思う。毎日毎日諦めたいと思いながら、ルールに則った言葉を吐いて、笑顔をつくって働いている。実にくだらないけれど、どんなにくだらなくってもやってやろうと決めた。いけるところまでいって、わからない場所にあることを全部わかりたい。このくそくだらない世界の仕組みを納得できるまで全部わかったあとに、お前ら全員馬鹿なんだよと心から言えるようになったあとに、それから私がどうするかは私が決めたい。今の私の仕事はこのゲームの中で、ルールに則って配置された場所でうまく点を取れる駒を選ぶこと。人の中の固まりきっていない場所をつつけばやわらかいものがぼろぼろこぼれ落ちる。ルールを理解できなかったり違反をしかねない駒は捨ててしまう。私はやっぱり他人と関わるのが本当は大嫌いだからこんなことが楽しいと思うんだ。「普通のOL」という役割を演じられるから私はこうやって正気を保って夜に寝て朝に起きているけれど、たまに死ぬほど脱ぎたくなるOLのコスプレを破り捨ててしまったら、本当の私って何?私は何をしたらいいの? 仕事だけじゃあなくって、何かの口真似で言ってしまったあの言葉も、あの人のこともこの人のことも今までやってた全部が点取りゲームでしたと言ってしまいたい。そうだったということにしてしまおう。ここではないどこかに行きたい、でもどこへ?白いチュールのスカートで座り込んだあのアパートに帰りたい?帰りたいと思いながら毎日毎日途方に暮れていた、あの場所に帰りたい。ここにはもううんざり。不在票と空になった目薬をごみ箱にぶちこんだら2リットルのペットボトルに直接口をつけてごくごく水を飲む。赤く腫れた白目が鏡を睨む。狂ってない。私が正常。物事を何一つ考えていないあの人を私は心底嫌悪しているし、それを隠そうともしていない。